視覚障がい者スポーツへの取り組み

Santenグループは、視覚障がい者スポーツを支援しています。視覚障がい者スポーツへの活動を通じて、視覚障がいの有無に関わらず交じり合い、いきいきと共生する社会の実現を目指しています。

視覚障がい者スポーツ支援

ブラインドサッカー支援

Santenは、NPO法人日本ブラインドサッカー協会(JBFA)のビジョン「ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」および、ミッション「ブラインドサッカーに携わるものが、障がいの有無にかかわらず、生きがいを持って生きることに貢献すること」に共感し、2017年3月、パートナーシップ契約を締結しました。ブラインドサッカー男子日本代表および女子日本代表のスポンサーをはじめ、運動する機会が少ない視覚に障がいがある子どもたちがスポーツに触れ、取り組むきっかけとなる活動や、小中学校向けダイバーシティ教育プログラムの実施を継続して行っています。2019年には当社として初の試みとなる国際大会への協賛をしました。タイのパタヤで開催された国際視覚障害者スポーツ連盟ブラインドサッカーアジア選手権では、現地の視覚障がい児童のブラインドサッカー体験会、アジア地域各国から参加した従業員ボランティアによる支援活動などを実施しました。2020年3月には、「世界の視覚障がい」にまつわる社会課題の解決を志し、ブラインドサッカーの国際大会支援を行っている一般財団法人インターナショナル・ブラインドフットボール(IBF)・ファウンデーションと日本ブラインドサッカー協会(JBFA)との2030年度までの長期パートナーシップを締結しました。

国際視覚障害者スポーツ連盟ブラインドサッカーアジア選手権の様子

JBFA主催イベントでの視覚障がい児スポーツ支援

Santenは、JBFAとのパートナーシップの下、JBFAが主催する視覚障がい児へのスポーツ支援に協賛しています。視覚障がい児が保護者と離れスポーツに触れることで、自律心を育てる「ブラサカキッズキャンプ」、次世代を担うブラインドサッカー選手の早期育成・強化、リーダーシップ醸成を目的とした「ジュニアトレーニングキャンプ」などの活動を支援しています。参加した子どものなかには、地元のブラインドサッカーチームのリーダー的な存在として活躍している人もいます。これらのイベントは参加した子どもの保護者同士をつなぐ機会にもなっています。子育てにおける苦労や悩みを抱える共通の立場にいる保護者同士だからこそ意見交換会などで打ち明ける場面も見られます。
従業員もサポーターとして参加し、視覚障がいへの理解を深めています。参加した従業員からは、「目に関わる企業としての理念や社会的責任を再確認できた」「より一層、患者さんや患者さんを愛する人々に貢献したいと強く思った」といった声が聞かれ、当社の企業理念を再確認する機会となっています。

参加した子どもと当社従業員が二人一組になって運動をしている様子

ブラサカキッズキャンプ 2019 in 西日本での集合写真

ブラインドテニス支援(EMEA 注釈

SantenはEMEAにおいて、視覚障がい者の活動的な生活をサポートするための「ブラインドテニスによる視覚障がい者のためのリハビリテーション」プロジェクトの趣旨に賛同し、活動を支援しました。このプロジェクトにより、7名の選手が2017年にスペインで開催された国際ブラインドテニストーナメントに出場しました。

注釈
EMEA:ヨーロッパ、中東およびアフリカ(Europe, the Middle East and Africa)

ブラインドテニスの様子

JBFAとの対談

JBFA事務局長の松崎英吾氏と参天製薬代表取締役社長兼CEOの谷内樹生が、パートナーシップを組む意義について対談しました。
※本対談は2019年8月19日毎日新聞(西日本版)に掲載された記事を引用しています。

JBFA 松崎英吾氏(左) / 参天製薬 谷内樹生(右) (写真 毎日新聞社提供)

ー 日本ブラインドサッカー協会のビジョンについて教えてください。

松崎
ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会の実現がビジョンです。ブラインドサッカーは、視覚障がいに対する理解を促進するパワフルなツール。「体験できる」良さがあります。「見える」人もアイマスクで目を隠し、プレーできることで、視覚障がいがあってもスポーツができると身をもって感じられる。貴重な気づきの機会になると考えています。

ー 参天製薬として支援を通じて見えてきたことを教えてください。

谷内
「目」に特化した企業として治療薬を開発することはもちろん、さらにできることはないか、と模索しブラインドサッカーと出会いました。社員にとってサッカーを通じて、患者さんやご家族と触れ合えることに大きな意味があったと実感しています。加えて、想像以上に眼科医ら医療関係者から賛同の声が相次いだのに驚きました。

松崎
社員のみなさんはキッズキャンプなどで、一緒に運動だけでなく食事や雑魚寝をして寄り添い、視覚障がいの子どもたちを支える様子が印象的でした。たとえば病院で出会うのと違い、スポーツの現場での出会いは一緒に勝利を目指す仲間としての出会いであり、笑顔での出会いになる。障がいを「他人ごとではない」と捉えるきっかけになるのでは、とみています。

谷内
たとえば私には緑内障で失明した祖父がおり、会うたびに症状が進行して、不便なことが増え、行動範囲が狭くなっていくのを見ていました。一方で祖父が「一番つらいのは不便なことではなく孫の成長が見られないこと」と話すのも聞いています。視覚障がいは誰にでも起こり得ることですが、必ずしも身近ではなく、こうした経験は誰もが持っているわけではありません。スポーツを通じて視覚障がい者と接する機会は多くの人にとって意味があると思います。

ー 今後の展開について教えてください。

松崎
ここ数年は関心の高まりを感じますね。ブラインドサッカーの認知度は上がったので、「知っている」のその先を目指したい。体験機会をもっと増やし、スポーツの持つ力を生かしていきたいと思います。

谷内
世界約70カ国で事業を展開している企業として、私たちのできることをグローバルに考えていきたい。サッカーは多くの国でプレーされており、たくさんの人を巻き込んでいけるスポーツです。ブラインドサッカーの場合、プレー中は静かにしなければならず、「沈黙」でゲームに参加するのが特徴。ある意味、ずっと声を出して応援できる晴眼者のサッカーより現場での「参加感」が強い気がします。こうした経験を通じて視覚障がいを身近に感じるとともに、目の健康への関心も高めていただくことを期待しています。

取材・執筆 毎日新聞社

天川敬史選手インタビュー

緑内障は、日本の中途失明原因の第1位です。自覚症状が少ないため、気付いた時には症状が進行している患者さんや、治療効果を実感しにくいため治療を途中でやめてしまう患者さんも多くいます。参天製薬は、眼科領域のスペシャリティ・カンパニーとして、早期発見・早期治療・治療継続が緑内障の治療に重要であることを啓発し、中途失明を防ぐことが大切だと考えています。
視覚障がい者スポーツで活躍されている天川選手は、緑内障が原因で小学校高学年頃から見えにくさを感じ始め、大学1年生の時に右眼を、大学卒業後に左眼を失明されました。今回、症状が出始めた小学生の頃からの体験についてお話を伺いました。また、天川選手ご自身の視覚障がい者スポーツとの出会いや、視覚障がい者として感じていることなどもお話しいただきました。
天川選手の体験を通じて、緑内障を早期に発見することや治療を継続することの大切さについて知っていただきたいと思います。
※本インタビューは2018年3月に行ったものです。

中央:天川敬史選手、左、右:参天製薬眼科マーケティンググループ緑内障チーム 長谷川、辻

選手紹介

天川敬史 プロフィール
視覚障がい者柔道 アテネパラリンピック 銅メダリスト
ブラインドサッカー 元日本代表選手、現在兵庫サムライスターズ所属
視覚特別支援学校 教諭

緑内障とは

緑内障とは、本来眼圧が高くなることによって、視神経が障害され、視野(見える範囲)が狭くなったり、部分的に見えなくなったりする病気です。ただし眼圧が正常範囲内の人でも、緑内障が起こることがあり、これは正常眼圧緑内障と呼ばれています。
40歳以上の日本人のうち20人に1人は緑内障といわれています。

緑内障の初期症状と治療開始

長谷川
本日は、お話を伺う機会を頂きありがとうございます。私は辻とともに、緑内障治療薬のマーケティングを担当しています。
現在、緑内障の治療薬は多く開発されていますが、残念ながら日本の中途失明原因の第1位の疾患です。私達の仕事の目的は、薬の力あるいは我々の活動の力で緑内障による失明の危険性を少しでも減らすこと、言い換えれば、緑内障による失明からの脱却だと考えています。
緑内障では一度欠けた視野は元に戻らないため、早期に発見して治療を開始することが大切です。しかし、初期の段階では自覚症状がないことも多く、発見が遅れてしまうことが多いとお聞きしております。
天川選手は緑内障が原因で失明したとお伺いしましたが、どのように気が付かれましたか?

天川
小学校高学年頃から目が曇る症状が出始めました。目が曇る症状が1日に2時間から半日くらい続くことがあったので眼科を受診したら、緑内障だろうと言われ点眼薬を処方されました。

長谷川
薬はしっかり決められた回数点眼することが大切なのですが、最初からきちんと点眼されましたか?

天川
見え方の調子が良いと忘れることもありました。しかし、曇りガラスのように見える日、つまり調子が悪いときですが、その時は欠かさずに点眼しました。

長谷川
調子が良いと点眼することを忘れてしまうというのは私たちもすごく課題に感じています。緑内障は早期に治療を開始し、継続することが視野を長く保つためにも重要なのですが、自覚症状がないうちはなかなか眼科を受診しない。また、緑内障と診断されて点眼薬が処方されても、毎日きちんと点眼されないことが多いようです。

天川
そうですね。後々失明するという危機感がなかったので、調子が良いときは「まあいいかな」となりましたね。

長谷川
眼科の先生からも、「しっかり治療しないと将来見えなくなるよと強く言うのが良いか、前向きに治療に取り組んでもらうにはどうしたら良いのか、説明が非常に難しい」と伺ったことがあります。

天川
私自身は、見え方の調子が良いときにも点眼していたら、その薬効がだんだん薄れてくるのではないかと思っていました。調子の良し悪しにかかわらずきちんと点眼した方が良いということをその理由とともに詳しく説明してもらえたら、調子が良いときも点眼していたと思います。


点眼回数についてはいかがでしたか?天川選手が点眼薬を使い始めた頃は、おそらく1日3回の指示であったと思いますが、点眼回数が多いときちんと点眼することは難しいでしょうか?

天川
そうですね。特に小学生の頃は遊びや運動に夢中になって忘れがちでした。回数が少なくて効果があればそれに越したことはないですね。

治療体験についても明るく語る天川選手

緑内障による視野の欠損

長谷川
視野欠損に気付いたのはいつ頃でしたか?

天川
最初に視野が欠けていることに気付いたのは中学校2年生の修学旅行の時でした。バスの一番後ろの真ん中に座っていて前からマイクが回ってきたときに、それに気付かなかったのです。その時、左右片方ずつの目で見たら、右下の辺り、鼻の近くに見えないところがあると気付きました。その時はがくぜんとしましたね。

長谷川
なるほど。片眼ずつで見るというのが一番気付きやすかったということですね。眼科の先生から、もっと早い段階で気付けばよかったのに、症状がかなり進行してから来院する患者さんが多いとお聞きすることがあります。漠然と両眼で見えているから大丈夫だと思われている患者さんが多いようですね。

天川
そうですね。私の場合は、調子が悪いときは曇りガラスを貼ったような感じで曇って見えていました。きれいに見えているときに、片眼ずつ左右の違いを確認していたら見えない部分に気付けたと思います。

長谷川
少しでも早く治療を開始し、視野欠損の進行を遅らせるために、早い段階で検査をすることの重要性を啓発していくことも我々の課題と考えています。

天川
中学生のときはサッカー部だったのですが、見えない部分が徐々に右眼だけではなく左眼にも出てきて、視界の下の方でボールが消えてしまい、それまでボールをうまく扱えていたのができなくなっていきました。持久走では、普通は転ばないところで転んでしまうようなことが少しずつ増えていきました。また、学校の試験問題では選択肢が5つあるのに4つしか見えないこともあり、調子の悪いときは解けないことが増えてきました。その時は辛かったですね。

天川選手の体験を伺う長谷川と辻

視覚障がい者スポーツとともに前向きに

長谷川
視野がだんだん狭くなってきて見えなくなってきたときの心境の変化など、お話しいただけることがあればお聞かせください。

天川
よく自暴自棄になったり引きこもったりという話も聞きますけど、私の場合はそのような気持ちは全く起こりませんでした。家族が支えになり、前向きの気持ちにしてくれたというのが大きいと思います。いつか見えなくなるのであれば、今という時間を大切にしようと考えました。今頑張っていたら、見えなくなってもそれが次につながるだろうと。

長谷川
強いですね、もし自分だったらと考えると、天川さんのように気持ちを強く持てるかなと思いますね。勇気をもらえます。

天川
実際に中学の時にサッカーを3年間頑張ったことが、見えなくなってからブラインドサッカーを始めたときのアドバンテージになりました。高校に入ってからは視野が狭くなって見えにくくなってきたので、柔道部に入ったのですが、それが全く見えなくなってから視覚障がい者柔道でパラリンピックへ出場することにつながりました。また、これらの視覚障がい者スポーツがきっかけでいろいろな経験を積ませてもらいました。インタビューに答える機会なども増え、人前でも話せるようになりました。


スポーツの経験はいろいろなきっかけになっていますね。

天川
すべてが良い方向に進んだと思っています。見えなくなったおかげで海外旅行にも行けましたし、奥さんにも出会えました。
もうひとつ、高校生のとき高校生クイズに3年間チャレンジして、3年生の時に全国大会へ行きました。その時ですかね、続けていたら良いことがあると思ったのは。人生は一度きりだから楽しもうと考えて、とにかくいろんな局面で楽しみたい気持ちを今も忘れないようにしています。

アテネパラリンピックの視覚障がい者柔道で獲得した銅メダル

視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会に向けて


普段いろいろな場所に行かれると思いますが、見えないことで危ない目にあったという経験があればぜひ教えてください。

天川
私も線路に落ちたことがありますし、視覚障がいのある友人には同じ経験をしている人が多いです。道路の段差や側溝の溝とかも危険です。あと、犬に突然真横で「ワン」と吠えられるとすごくびっくりします。


それは危険が多いですね。私たちにも日頃からサポートできることはないでしょうか。

天川選手にお話を伺う辻

長谷川
「気軽に声をかけて、肩を貸してくれたらいいですよ、垣根を持たずに接してくれたらいいですよ」というお話を伺ったことがありますが、いざ駅のホームで視覚障がいのある方をお見かけしたときに、やはり声をかけづらいというのはあります。何か良いアドバイスはありませんか?

天川
どんどん声をかけてもらえればと思います。何か困っていそうだったら、「お手伝いしましょうか」と聞いていただけるとうれしいです。大丈夫だったら、「大丈夫です」って言いますので。皆さんから街中でどんどん声をかけてもらうと、それがいろいろな人に広まり、視覚障がい者だけではなく、車椅子や高齢者の方に対しても優しい社会につながるのではないかと思います。

参天製薬に望むこと

長谷川
参天製薬に期待されていること、我々にできることが何かありましたら教えてください。

天川
緑内障は視力を失う理由の第1位というお話がありましたが、やはり見えなくなる時期を少しでも遅らせてほしいと思います。私自身、点眼薬によって少しでも見える期間が長くなったことは感謝しています。

長谷川
少ない点眼回数で最大限の効果を出すなど、より良い薬剤の提供はもちろんのこと早期発見、早期治療そして継続治療が視野を維持するために重要であることを啓発するなど、患者さんに寄り添って、見えることに貢献し続けることが求められていることを再認識しました。また社会の一員としては、困っている方がいらっしゃったらお声がけするところから始めていきたいと思います。
本日はありがとうございました。

参天製薬本社受付にて