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「大学目薬」の誕生  参天製薬の歴史

Chapter 1  「大学目薬」の誕生


参天製薬の創業は今から115年以上前にさかのぼります。現在、眼科薬(目薬)の売上高が全体の8割以上を占め、国内トップ、世界有数の眼科薬メーカーとなった参天製薬ですが、その始まりは意外にも目薬ではありませんでした。創業から9年後、初期の成長を支えたヒット商品、「大学目薬」を発売。「大学目薬」は初代製品の発売から100年以上が経過した現在でも、日本でいちばんのロングセラー目薬としてそのブランドが引き継がれています。

1890(明治23)

創業

ヘブリン丸
田口参天堂の金看板

この年、創業者の田口謙吉が大阪北浜に田口参天堂を開業したのが、参天製薬の始まりです。当時の主力製品は、「ヘブリン丸」という風邪薬でした。その頃発見されたばかりの西洋の新薬を処方し、その鎮静効果が抜群であったことから、翌年には全国にニセ薬が出回るほどのヒット商品になりました。

1899(明治32)

「大学目薬」を発売

大学目薬
明治初期、来日した外国人医師は一様に日本人に眼病が多いのに驚いたといいます。それほどまでに当時、日本には目薬に対する大きな需要があったのです。そこに登場したのが、「大学目薬」。「世の進むに従い、目薬にもこんな立派なものができました」という自信に満ちあふれた宣伝コピーと、権威ある大学教授をイメージさせる、ひげとメガネの博士の商標で、たちまち日本全国に広まりました。

1925(大正14)

参天堂株式会社を設立

参天堂
資本金100万円で参天堂株式会社を設立。当時の取扱品目には、「ヘブリン丸」、「大学目薬」、「参天セキ薬」、便秘薬の「健通丸」などがありました。

1935(昭和10)

淀川工場を開設

淀川工場
大阪市東淀川区に淀川工場を開設、のちに本社所在地となります。当時の製造品目は、目薬、メンソールクリーム、胃散、胃腸錠、解熱錠、駆虫薬、下痢止め、腹痛錠、せき薬、外傷薬などでした。


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